katsukino

2010年08月26日 13:59



本土がお盆の頃、京都に
一週間行きました。
佛教大学での学びです。

「念仏を申すということは
極楽浄土へ生まれると思い、
心をこめて申せば必ず
往生できるのです。」

と「上人つねに仰せられける御詞」
法然上人の言葉です。

どこかに行って神社仏閣を
見つけると、手を合わせますが
手を合わせた瞬間の心持ちは
挨拶する。恥ずかしい。疑い。
何してるんだっけ?と常に
心コロコロと騒いでいます。

平安時代末期から鎌倉時代を
生き抜いた法然。
智慧第一、持戒第一
と呼ばれた法然自身。
しかし、人々へは
ただひたすらに
南無阿弥陀仏
と念じなさい。と説いた。

比叡山からおりた京の町は
末法の時代。日照り、飢饉、戦争。
混乱する人々にただひたすらに
念じなさい。



当時の人々はどのような
家に住み、何を食べ、どのように
イメージをし、考えていたのだろうか。
そして南無阿弥陀仏と念じたのか。



サンスクリット語のクラスも
受けました。サンスクリット語は
名詞が8つの格にて変化すると
いうことには、ビックリ。

例えば
馬は asvah
馬よ! asva
馬を asvam
馬によって asvena
馬のために asvaya
馬から asvat
馬の asvasya
馬において asve

と単語の最後が
変化することで格が変化する。
日本語は馬のあとに助詞がつく。

名詞は変わらずに周りの助詞で表現する日本語と
名詞が8つの状態に変化するサンスクリット語。

これを授業で聞いたときに
ヨーガ、ブッタの文化の形を理解できた。
問題はいつも名詞、我にあるということだろう。

日本語はその瞬間の空間の雰囲気により
周りをコロコロと変化させることでバランスを
とる。

サンスクリット語は周りはなく、名詞自体
我の状態を常に把握していくということでは
ないだろうか。

もちろん日本語自体にも、周りのバランスによって
我の状態を知ることが大切なのだろうが、スーパー
での支払いまで急がされる現代において、
周りの状態まで整えることが精一杯で
なかなか「我」の状態まで完結するのが
難しいのだろう。

京都にて日本語の古文とインドの
サンスクリット語を学び、喜び、沖縄に
戻ってきた翌週は、息子の体調不良に
ずっとお付き合い。

嘔吐から始まって、耳が痛くなり
お腹が痛くなり、熱が出て、鼻がつまる。
ご飯が食べれない。とフルコース。
しかも途中から、妻が沖縄から
いなくなり、男二人の病気生活。

ようやく回復し、玉城のベジタリカで
カレー、ハンバーグをパクパク食べる姿を
見たら、親の目になっていた。安心。

家に戻ると、付近から
三線、歌、指笛の様子
昨夜はヌーバレーでした。



無縁仏を区民総出で
お見送りをする祭り。

5分ほど、見学するも
夜空では頻繁にピカピカと
稲妻の光りが。

怖いと言う息子を
肩車しながら家に
戻りました。

夏が終わろうとしています。
盆が終わりました。