2007年01月23日
情報(追記)

午前中やっと眠りに入ったら
ピンポーン
と黒ネコヤマトさん。
再びパチリと目がひらく
またふりだしに戻って
しばらく遊んでオンブ。
そして寝ているすきに
昼ご飯を食べ終わる頃に
目を覚ます。だんだんと要領
が分かってきた!
そしてご飯をカメーカメーさせて
しばらく洗濯物を干す外の芝生へ。
家の中にいると五秒で抱っこ
になって足元にへばりつくのに
外に出ると全身が少し大きくなった
ように喜んで食べる。石。土。葉っぱ
ネコの。。。
とにかく食べる。食べるというか
口に運ぶ。食べてはダメと分かっているようで
私を背にして口に運ぶ。
飲み込めないような石だったら
そのままにしておくんですがそうすると
口に運んだ石を手で再び取り出し
柵や木の枝に石でたたいていました。
ただ時間が経てばたつほど小さい石や
土を食べ始めたので再び部屋にもどりました。
追記です。17時22分(かあさんもどりとおさんはフリー!)
息子の行動範囲は主に、家、洗濯物の芝生、
公民館、南風原ジャスコといった感じです。
私と息子の間の時間で家と外の芝生を比べた時に
息子の違いが明確になります。
家にいる時は数秒ごとに私を目で確認します。
そして最後は必ず、抱っこをせがんできます。
芝生の時は足下、目の前の草、枝、土、石などに
意識が向かっていて私のほうはほとんど見ません。
家の中では、私とのつながりを求め
芝生では自然とのつながりをもとめているのでは
ないかと考えています。
芝生では逆に私の目を盗んで石を食べようとします。
食事では食べたくないもの(ミルクとか)は一度口に含んだら
それ以降は見向きもしません。
それが石を口に含み食べれないと分かっても
何度も口に運びます。そして取り出しては石を持ちながら
柵をたたいたり、土にふれたりしています。
「内蔵のはたらきと子どものこころ」以前にもご紹介しましたが、
「この”なめる”ということは、学問的に見ても大切な意味があります。この時に鍛え抜いた舌の感覚と運動が、あとになって、どのような形でいかされてくるか。いまの心理学のことは解りませんが、たとえば、コップを見て”丸い”と感じるでしょう。その奥には、いま話している、この”なめ廻し”の、ものすごい記憶が、それは根強く横たわっているのです。」
口に入れるという行為から情報を得ているのでしょうか。
「顔は内蔵の前端露出部分だが、唇から舌にかけての感覚はとくに鋭敏で、これら尖端部の構造は食物を選別する精巧無比の内蔵の触覚となる。この機能は正常なほ乳類によって日々訓練されてゆくが、やがて赤ん坊はすべてを舐め廻し、将来の「知覚」の成立に備える。」
現在隣の土地では家を建てる工事でガンガン。どんどんと
音がしているのですが、この時期の息子にはそれほど影響が
ないように思えます。視覚、聴覚はそれほど発達していないのでしょうか。
口に運んで噛んで、舐める。手で触れる。抱っこをして触れる。
この二つを今学んでいるようです。
Posted by katsukino at 17:35│Comments(0)