2007年12月19日
万事は可能なり
インド、シヴァナンダ・アシュラムにおける早朝瞑想会でのスワミ・チナンダ大師様の講話集「真理への解放」です。
毎日1章ずつ講話を読んでいます。
1章は約5ページで15分ほどで読む事が出来ます。
第16章「万事は可能なり」

知名より朝日 2007年12月15日7時34分

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毎日1章ずつ講話を読んでいます。
1章は約5ページで15分ほどで読む事が出来ます。
第16章「万事は可能なり」
人間の場合、心の中に生じてきた欲望と、その欲望が成就されることとの間にはいくらかの時間の差が必要とされます。そこでは躊躇することもありますし、二の足を踏むこともあります。決心がぐらつくこともありますし、「もしもこれをやり始めたら、こんな困難や障害が生ずるかもしれない」といったような数限りない消極的な心の傾向も持ちあわせています。この様に、ある行動を始める前に、すでに私達はそこから生じてくる結果を心配しているわけですから、行動に踏み切れないのです。(略)
というのも人間の心には限界があるからです。善性、動性、それに暗性の影響下にあるからです。善性が優位になっている心の中に生じてきた一つの願望は、直ちに実行に移されます。動性優位の心の中に生じてきた願望も、直ちに実行されますが、間違ったやり方が採用されてしまいます。勿論、この場合、その行為からは何ら期待通りの結果は生じてこないか、あるいは悪い結果が生じてきたりさえします。それというのも、動性優位のところには、常に混乱が生じているからです。そして最後に暗性優位の心の中に願望が生じてきても、それは行動には移されずに先のばしにさせられます。それというのも、この暗性には、無気力とか努力を望まない、といった欠陥が付随しているからです。
一方、宇宙生命は、時間や二元性、それに三種の特性を超越している存在です。その内には清浄なる想念しか存在していません。躊躇とか、尻込み、遅延といった思いはないのです。その御意志には、成就されるものとしてすぐに具体化されます。
ですから神様の御意志の中にあっては、万事は可能なのです。そして、この事実を完全に信じるということは、その智慧の光の中で生きることであり、まわりのあらゆる環境に打ち克つことであり、心を内に向け、安定させ、宗教的な道の中で完全に成長しきることなのです。

知名より朝日 2007年12月15日7時34分

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Posted by katsukino at 11:10│Comments(0)