2008年08月20日
所有欲
食事のとき。
茶碗にご飯。
お椀にみそ汁。
お皿におかず。
が机に運ばれてくる。
最近は自分の茶碗が分かるらしく
自分のご飯が一番少なくても
これは、自分。
これは父さんの。これは母さんの。
と判断。みそ汁も同じ。

左上のオニギリ、みそ汁。お茶が息子の食事ですが
隣のみそ汁が自分のよりも多いと分かり
隣に移動して、「いただきます。」
問題は、おかずのお皿。三人で一つのお皿。
自分のお皿にとって食べるんだよ〜
となっています。お気に入りの納豆がある時は
集中して、取り分けています。三人が一度に座って
いただきます!と食事を始めるのは難しく、だいたい
息子が一番始め。次に私。母さんが次々に料理を運んでくれます。
おかずのお皿はみんなで分けるんだよ〜
うん。
とうなずきながら、一生懸命に自分の皿にいれる息子。

ご飯の上にある息子の納豆。
父さんのは?と聞くと
あるさ!
と6粒の納豆。
自分がたくさんとりたい。
立派にご飯茶碗を持ってハシを持ち食べる息子は
欲を主張できるようになりました。今までは足も手も
思うように動かせず、話も出来ませんでした。
日に日に大きくなり、主張ができるようになりました。
心が思うままに、手が動きます。
そうすると親が口を挟みます。
ダメだよ。違うよ。
やっと心を表現できるようになった彼は
ダメだよ。
といわれるとどうしたらいいのか分からなくなります。
ぅぅうゎぁあん。。。
と泣きます。どうしようもなく
表現が出来ず泣くのです。(たぶん)
半分個しないといけない事。
お父さんのご飯のほうが多い事。
これらの事は、息子は分かったいるんですよね。
しばらく泣き、あ!新しいおかずがきたよ!と
少し、方向をかえてやると、ピタッと泣き止み
これ、オイシーね〜
と上機嫌になります。
自分の取り分の6粒の納豆を見ながら思いました。
私自身の欲はどうなんだろうか。社会という中で
ある時は欲を肯定し、ある時は欲を押さえつけている。
本当に、自分自身と向き合っているのだろうか?
日常のヨーガを心がけ、自分自身の意識のうろたえを
まざまざと見せつけられる時、私は息子となんら変わらず
心の中では「うゎぁあん」と泣いているのではと思うこの頃です。
茶碗にご飯。
お椀にみそ汁。
お皿におかず。
が机に運ばれてくる。
最近は自分の茶碗が分かるらしく
自分のご飯が一番少なくても
これは、自分。
これは父さんの。これは母さんの。
と判断。みそ汁も同じ。

左上のオニギリ、みそ汁。お茶が息子の食事ですが
隣のみそ汁が自分のよりも多いと分かり
隣に移動して、「いただきます。」
問題は、おかずのお皿。三人で一つのお皿。
自分のお皿にとって食べるんだよ〜
となっています。お気に入りの納豆がある時は
集中して、取り分けています。三人が一度に座って
いただきます!と食事を始めるのは難しく、だいたい
息子が一番始め。次に私。母さんが次々に料理を運んでくれます。
おかずのお皿はみんなで分けるんだよ〜
うん。
とうなずきながら、一生懸命に自分の皿にいれる息子。

ご飯の上にある息子の納豆。
父さんのは?と聞くと
あるさ!
と6粒の納豆。
自分がたくさんとりたい。
立派にご飯茶碗を持ってハシを持ち食べる息子は
欲を主張できるようになりました。今までは足も手も
思うように動かせず、話も出来ませんでした。
日に日に大きくなり、主張ができるようになりました。
心が思うままに、手が動きます。
そうすると親が口を挟みます。
ダメだよ。違うよ。
やっと心を表現できるようになった彼は
ダメだよ。
といわれるとどうしたらいいのか分からなくなります。
ぅぅうゎぁあん。。。
と泣きます。どうしようもなく
表現が出来ず泣くのです。(たぶん)
半分個しないといけない事。
お父さんのご飯のほうが多い事。
これらの事は、息子は分かったいるんですよね。
しばらく泣き、あ!新しいおかずがきたよ!と
少し、方向をかえてやると、ピタッと泣き止み
これ、オイシーね〜
と上機嫌になります。
自分の取り分の6粒の納豆を見ながら思いました。
私自身の欲はどうなんだろうか。社会という中で
ある時は欲を肯定し、ある時は欲を押さえつけている。
本当に、自分自身と向き合っているのだろうか?
日常のヨーガを心がけ、自分自身の意識のうろたえを
まざまざと見せつけられる時、私は息子となんら変わらず
心の中では「うゎぁあん」と泣いているのではと思うこの頃です。
Posted by katsukino at 10:57│Comments(0)