2008年12月16日
ヴィパッサナーと古武道とヨーガ
十代の後半、縁があってお寺で小僧を
させていただいた。
中学、高校とはっきりとした目的を
見いだせず、悶々としていた私が
週末お寺に滞在して、目が覚めた。
ざー
ざー
ざー
とホウキの音だけがする
夜明け前の庭の落ち葉はき。
冬のお寺は、夜明け前よりも
日が昇ってから、だんだん寒くなる。
お堂で経を読んでいると空気が締めつけられていく。
体が氷のようになっていく、合唱している手が痛い。
腹の底から声をだし経を上げた。
すべての時間は作務という時間だった。
自分から務めを作る行為で、行為は無限にあった。
気がつけば、お昼で、三時の休憩で、布団の中にいた。
布団に入った時の毛布のぬくもりは、その日の充実した
満足なあたたかさ。
そうやって、日が経ち季節が変わっていった。
いろいろな行をさせていただきながら、仏の教えである
背景をしりたくなった。
寺で小僧をしていた頃に一番好きだったのが座禅でした。
寺を出てからも香港でもカナダでも東京でも続けていました。
東京の演武会で沖縄の古武道に出会う。宗家の動きは立ち止まらず
水のように変化を流し、恐怖をおそれず、相手に傷を負わすことなく
無執着で相手を制していた。
そして春に私は沖縄にいた。
浜での古武道の稽古は、青竜刀という中国の刀を両手に持ち
胸を開き、肩甲骨を合わせ、最大限に後ろ向きに走る。という一人稽古。
浜を何度も後ろに走る。そうやって、一年が過ぎようとした頃に
怪我をする。膝の靭帯断絶。それでも後ろ走りを続けた。
一人稽古をしながら気づいた。
宗家のもとに来れば、自分も宗家のようになれると安心していた。
社会、文化、人に依存するのではない。自分に向き合うことで
心と体を知り、自信を得ることなんだ。
古武道での怪我をきっかけにヨーガのアーサナを
始めた。膝のリハビリが主な目的だった。学ぶにつれて
アーサナとは、身体の動きを止め、呼吸という行為を
意識化していくプラーナヤーマへの準備段階であり
三昧を目指す瞑想がその先にあること知った。
ギヤーナヨーガ、カルマヨーガ、バクティヨーガ、ラージャヨーガ
と様々なヨーガがあることをしり、そして私がいかに自分の行為に対して
認めてほしい、ほめてほしい、人はこうあるべき、常識とはこうである。
と外向きに執着していること。その執着が苦しみを生んでいること
に気付きました。
2008年の1月にヴィパッサナーの実践・冥想会に参加した。
長老の説法は衝撃的で、数時間後、私は、はく。すう。という一呼吸の
たびに、生きていくのは苦しいことだ。だからこそ苦しみから逃れたい。
苦しい。生きたい。
と長老になぐられたような衝撃だった。
冥想会から沖縄に戻ると数日間
いままで蓋がされていた自分から
これはこういうことなんだ。
そうか。そうなんだ。
わかった!
あふれる温泉のようにという意識が身体の内側から
湧き上がってきた。その時は、智慧を得るというのは
外側に自分の意識を向けて情報を得るということでは
なく、観ることによって詳細に観ることによって気づくもの
なんだと感じた。
11月、古武道の演武会でブラジルに行かせていただき帰国後
身体の変化に気づいた。腰から背骨の意識が以前より
鮮明に気づくことができるようになった。そうして今まで
重要だ。重要だと思いながらもできなかったヨーガの
プラーナヤーマを日々の行為に入れるようになった。
妻のすすめでウディヤナバンダを朝食の前に数回行った。
そうすると、いままで便秘で悩んでいたのが、その日から
朝食後にすぐに便がツルンと出た。ヨーガのクリヤーの
有効性をしった。
パユットー氏の「テーラワーダ仏教の真髄」、「仏法」を学んでいる。
仕事としてヨーガ・セラピーを行為し
ヨーガ、古武道にて三昧を目指し
仏法を学び大いなる気づきを目指す。
現在の私の立ち位置です。
させていただいた。
中学、高校とはっきりとした目的を
見いだせず、悶々としていた私が
週末お寺に滞在して、目が覚めた。
ざー
ざー
ざー
とホウキの音だけがする
夜明け前の庭の落ち葉はき。
冬のお寺は、夜明け前よりも
日が昇ってから、だんだん寒くなる。
お堂で経を読んでいると空気が締めつけられていく。
体が氷のようになっていく、合唱している手が痛い。
腹の底から声をだし経を上げた。
すべての時間は作務という時間だった。
自分から務めを作る行為で、行為は無限にあった。
気がつけば、お昼で、三時の休憩で、布団の中にいた。
布団に入った時の毛布のぬくもりは、その日の充実した
満足なあたたかさ。
そうやって、日が経ち季節が変わっていった。
いろいろな行をさせていただきながら、仏の教えである
背景をしりたくなった。
寺で小僧をしていた頃に一番好きだったのが座禅でした。
寺を出てからも香港でもカナダでも東京でも続けていました。
東京の演武会で沖縄の古武道に出会う。宗家の動きは立ち止まらず
水のように変化を流し、恐怖をおそれず、相手に傷を負わすことなく
無執着で相手を制していた。
そして春に私は沖縄にいた。
浜での古武道の稽古は、青竜刀という中国の刀を両手に持ち
胸を開き、肩甲骨を合わせ、最大限に後ろ向きに走る。という一人稽古。
浜を何度も後ろに走る。そうやって、一年が過ぎようとした頃に
怪我をする。膝の靭帯断絶。それでも後ろ走りを続けた。
一人稽古をしながら気づいた。
宗家のもとに来れば、自分も宗家のようになれると安心していた。
社会、文化、人に依存するのではない。自分に向き合うことで
心と体を知り、自信を得ることなんだ。
古武道での怪我をきっかけにヨーガのアーサナを
始めた。膝のリハビリが主な目的だった。学ぶにつれて
アーサナとは、身体の動きを止め、呼吸という行為を
意識化していくプラーナヤーマへの準備段階であり
三昧を目指す瞑想がその先にあること知った。
ギヤーナヨーガ、カルマヨーガ、バクティヨーガ、ラージャヨーガ
と様々なヨーガがあることをしり、そして私がいかに自分の行為に対して
認めてほしい、ほめてほしい、人はこうあるべき、常識とはこうである。
と外向きに執着していること。その執着が苦しみを生んでいること
に気付きました。
2008年の1月にヴィパッサナーの実践・冥想会に参加した。
長老の説法は衝撃的で、数時間後、私は、はく。すう。という一呼吸の
たびに、生きていくのは苦しいことだ。だからこそ苦しみから逃れたい。
苦しい。生きたい。
と長老になぐられたような衝撃だった。
冥想会から沖縄に戻ると数日間
いままで蓋がされていた自分から
これはこういうことなんだ。
そうか。そうなんだ。
わかった!
あふれる温泉のようにという意識が身体の内側から
湧き上がってきた。その時は、智慧を得るというのは
外側に自分の意識を向けて情報を得るということでは
なく、観ることによって詳細に観ることによって気づくもの
なんだと感じた。
11月、古武道の演武会でブラジルに行かせていただき帰国後
身体の変化に気づいた。腰から背骨の意識が以前より
鮮明に気づくことができるようになった。そうして今まで
重要だ。重要だと思いながらもできなかったヨーガの
プラーナヤーマを日々の行為に入れるようになった。
妻のすすめでウディヤナバンダを朝食の前に数回行った。
そうすると、いままで便秘で悩んでいたのが、その日から
朝食後にすぐに便がツルンと出た。ヨーガのクリヤーの
有効性をしった。
パユットー氏の「テーラワーダ仏教の真髄」、「仏法」を学んでいる。
「ブッダは何を大悟されたか」と聞く人があれば、「四聖諦を大悟された」と答えるか、あるいは「縁起の道理を大悟された」と答えてもよい。
(略)
四聖諦の原理とそれに対する義務
1.「苦」は、生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五取蘊苦(取で五蘊に執着すること)である。換言すれば、生命と関係する一切のものは、自然界の法則のもとにあり、因縁に従って変化するので、圧力、圧迫、軋轢、支障が潜んでおり、それ自身に欠陥があって不完全であり、いつか、何らかの形で、取でもって執着する者に対し、苦を生じさせようとしている。苦に対する人の義務は、それを知り、理解し、真実を覚知することであり、遍知と言う。
2.「苦集」は、短く「集」(苦を生じる原因)と言う。渇愛、すなわち、新しい有を生じさせたいという欲求である。それにわれを忘れて執着することが加わり、常に新しい喜びを求める。この欲求には欲愛、有愛、無有愛の三種がある。換言すれば、欲しい、そのように生きたい、このように生きたい、生きたくないというわれのある行相によって、依所として自我に執着する欲求が、常に焦燥感、懸念を生み、何らかのものへ固執して生命を圧迫し、すっきりとした自由がない。集に対する義務は、すべてを棄て、なくすこと。「断」という。
3.「苦滅」は、短く「滅」(苦の滅尽)と言う。解き放たれて、渇愛が残りなく消えて、棄てることができること。振り払い、脱することができて、まつわり付かないこと。換言すれば、渇愛に従属しないで、焦燥感や懸念などで圧迫されない、苦がなく、楽のある涅槃の状態であり、清浄な自由で、寂静で、透明で、明るく、楽しい慧のある生き方である。滅尽に対する人の義務は、明らかにし(証)、完成させ、現実のものにする、あるいは成就することで、「作証」と言う。
4.「苦滅道」は、(苦の滅尽へ導く道)短く「道」と言う。八支の最勝の道である。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。道に対する人の義務は、精進、修練、実践、あるいは修習と言う。
仕事としてヨーガ・セラピーを行為し
ヨーガ、古武道にて三昧を目指し
仏法を学び大いなる気づきを目指す。
現在の私の立ち位置です。
Posted by katsukino at 11:01│Comments(2)
この記事へのコメント
>11月、古武道の演武会でブラジル
この直前に、東京幡ヶ谷で自主冥想会に出席されたと思います。私はその時の会場係をやっていた者です。その節はありがとうございました。今日この貴殿のブログにたどり着きましたが、奇遇にも古い知人の名前がありましたので、書き込みしました。相方宏・秀子ご夫妻です。1990年頃彼らがインドに渡る前に日本でお世話になりました。私のことはカイロに行った女性といえば覚えていらっしゃるかもしれません。宜しくお伝えくだされば幸いです。貴殿とはなにかとご縁があるようです。メールいただけたら嬉しいです。何時でも何処でもお幸せでありますように。飯野 .20100413.
この直前に、東京幡ヶ谷で自主冥想会に出席されたと思います。私はその時の会場係をやっていた者です。その節はありがとうございました。今日この貴殿のブログにたどり着きましたが、奇遇にも古い知人の名前がありましたので、書き込みしました。相方宏・秀子ご夫妻です。1990年頃彼らがインドに渡る前に日本でお世話になりました。私のことはカイロに行った女性といえば覚えていらっしゃるかもしれません。宜しくお伝えくだされば幸いです。貴殿とはなにかとご縁があるようです。メールいただけたら嬉しいです。何時でも何処でもお幸せでありますように。飯野 .20100413.
Posted by iino at 2010年04月13日 16:13
飯野さま
コメントありがとうございます。
覚えてますよ〜。冥想会ではお世話になりました。
確か、武術の話もしましたよね。
ブログでの再会も、旅立ちの前ですね。
今月末より、二ヶ月インドにいってきます。
相方先生と会う機会があると思いますので
伝えておきますね。
メールですが、飯野さまのアドレスが分かりません。
私のアドレスはagaritida@gmail.comです。
今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。
コメントありがとうございます。
覚えてますよ〜。冥想会ではお世話になりました。
確か、武術の話もしましたよね。
ブログでの再会も、旅立ちの前ですね。
今月末より、二ヶ月インドにいってきます。
相方先生と会う機会があると思いますので
伝えておきますね。
メールですが、飯野さまのアドレスが分かりません。
私のアドレスはagaritida@gmail.comです。
今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。
Posted by 木下克俊 at 2010年04月14日 10:09