2009年01月23日

二極

アルジュナよ。
執着を捨て成功と不成功とを平等(同一)の
ものと見て、ヨーガに立脚して諸々の行為を為せ。
ヨーガは平等の境地であると言われているのだ。

(バガバット・ギーター 2-48)

私たちは過去の経験や記憶、未来の
願望それらに常に執着している。執着
しているからこそ、好き。嫌い。という
感情が生じ、出来る。出来ない。

物事を判断する。自分が良い人だと
思っている人は自分にとって都合の
良いことをいってくれる人。自分が
好きな人のこと。嫌いとは、考え方の
違う人。私に悪口を言う人という、
自己中心的な感情によって人を好き。
嫌い。という立場に分けているのだ。

成功と不成功に執着をすると、成功して
もさらなる成功を求め、失敗をすれば
自己否定してしまう。成功と不成功を
平等のものと、とらえることができるとき、
私たちは本来の能力を発揮できる。

今に集中が出来るのだ。
今に集中した結果。
それが成功なのか。
失敗なのか。
それらはただただ、結果でしかない。

嫌な人が目の前に現れたとき。
そこには進化のチャンスがある。
なぜなら、その人が私の感情の
状態を気付かせてくれたから。

苦手な仕事を任された時。仕事の
幅が広がり、進化のチャンスがある。
なぜなら、出来ることばかりしていても
何の成長もなく、ただただ回転している
だけであり、どうやってやろうか。どうすれば、
お客様が納得してもらえるだろうか?
というような意識の向上が見られないから。

今日一日。今、吸っている。はいている。
この時に生じる行為を大切にしていた時。
不安や恐れ、怒りは生じなくなるだろう。
目の前の行為を行うことで学べる智慧
に喜びを見つけることが出来るだろう。

不幸にあって心が煩わされず、
快楽を切望することもなく、愛着、
恐怖、怒りに捉われない者は不動の
智慧が確立した聖者と呼ばれるのだ。

(バガバット・ギーター 2-56)

すべてのものに対し自己中心の愛着がなく、
種々の善悪に出会うとも喜びも憎しみもしない者、
その人物の智慧は不動のものとなっているのだ。

(バガバット・ギーター 2-57)

平静さとは、いかなる状況においてもすべてを
同じ様に眺め同じ様に感じる意識状態のことである。
苦痛と喜びといった二極の対立感情はそうした心の
バランスを破り、心という船を上下に揺するのである。
(科学で解くバガバット・ギーターより参照)


どのような不幸に自身が遭遇しても、快楽を得ることが
あっても、常に客観的に自分をみれることができたとき、
私たちは智慧の喜びの中で日々生きていける。




Posted by katsukino at 22:30│Comments(0)
 
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