2009年05月22日
緊張、弛緩、そして集中
私は集中するということを古武道を
通じて学んでいる。
生と死の間での緊張ということ。
ヨーガを始めて、
弛緩ということを学んだ。
脱力ということ。
力が抜けていく。
この緊張と弛緩そして、意識。
繰り返される緊張と弛緩についていく
意識は、そのたびに揺さぶられる。
緊張すればするほど、弛緩すれば
するほど、振り子は大きくゆれ、
そのたびに、船酔いする意識。
それぞれの学びの数年の間、
古武道の稽古のあとは、稽古の緊張
の余韻で、身体も意識も興奮していた。
ヨーガのポーズ、呼吸法の後は、
身体も意識もほうけていた。
集中するとはどういうことか?
全身に力をみなぎらせて、
わき目も振らず、前に進む!
身体も心もほうけて、
ぼぉおおっと脱力する。。。
それぞれは両極の結果であり、
目的ではない。
集中とは全身を脱力し、その脱力している
状態を足先、指先まで感じとり、呼吸のたび
にありのままの私と世界をみること。
船長が船酔いしていては航海はできない。
嵐の時も、波風ひとつたたない、静かな
月夜でも、ありのままの海と船と乗組員を
みている。集中している。
集中するためには、緊張と弛緩の間を絶妙の
ポジションで並走しなければいけない。
緊張しすぎて、周りがみえなかった
古武道の稽古を始めた数年間、
弛緩しすぎて、しょっちゅう風邪をひく、
ヨーガインストラクターの私。
古武道では、初めに緊張を学ぶ剛拳を学び、
それが頂点にたっすると、柔拳に向かう。
ヨーガでは、繰り返される緊張と弛緩を通じて
生じるプラーナの気づきを広げていく。
まわるまわる私の思考の繰り返しのなかで、
階段を少しずつ、昇りながら
気づきを得ていきたい。
とっても空が近い
梅雨空の午後でした。
通じて学んでいる。
生と死の間での緊張ということ。
ヨーガを始めて、
弛緩ということを学んだ。
脱力ということ。
力が抜けていく。
この緊張と弛緩そして、意識。
繰り返される緊張と弛緩についていく
意識は、そのたびに揺さぶられる。
緊張すればするほど、弛緩すれば
するほど、振り子は大きくゆれ、
そのたびに、船酔いする意識。
それぞれの学びの数年の間、
古武道の稽古のあとは、稽古の緊張
の余韻で、身体も意識も興奮していた。
ヨーガのポーズ、呼吸法の後は、
身体も意識もほうけていた。
集中するとはどういうことか?
全身に力をみなぎらせて、
わき目も振らず、前に進む!
身体も心もほうけて、
ぼぉおおっと脱力する。。。
それぞれは両極の結果であり、
目的ではない。
集中とは全身を脱力し、その脱力している
状態を足先、指先まで感じとり、呼吸のたび
にありのままの私と世界をみること。
船長が船酔いしていては航海はできない。
嵐の時も、波風ひとつたたない、静かな
月夜でも、ありのままの海と船と乗組員を
みている。集中している。
集中するためには、緊張と弛緩の間を絶妙の
ポジションで並走しなければいけない。
緊張しすぎて、周りがみえなかった
古武道の稽古を始めた数年間、
弛緩しすぎて、しょっちゅう風邪をひく、
ヨーガインストラクターの私。
古武道では、初めに緊張を学ぶ剛拳を学び、
それが頂点にたっすると、柔拳に向かう。
ヨーガでは、繰り返される緊張と弛緩を通じて
生じるプラーナの気づきを広げていく。
まわるまわる私の思考の繰り返しのなかで、
階段を少しずつ、昇りながら
気づきを得ていきたい。
とっても空が近い
梅雨空の午後でした。
Posted by katsukino at 17:10│Comments(2)
この記事へのコメント
木下さんにもプラーナが見えるのですか?
Posted by ざは at 2009年05月30日 08:50
ざはさま
こんばんは。コメントありがとうございます。
最近はようやく体の知覚ができるようになりました!
あー、今トイレに行きたいと体がいっているな。
ノドが乾いているといっているな。
お腹がいっぱいなのに食べようとしているな。
足先が冷えているといっているな。
以前は、北風が吹いても、カフェにいったら、
やっぱり外の風は気持ちいいなーと
自己満足でしたからね。
こんばんは。コメントありがとうございます。
最近はようやく体の知覚ができるようになりました!
あー、今トイレに行きたいと体がいっているな。
ノドが乾いているといっているな。
お腹がいっぱいなのに食べようとしているな。
足先が冷えているといっているな。
以前は、北風が吹いても、カフェにいったら、
やっぱり外の風は気持ちいいなーと
自己満足でしたからね。
Posted by おきなわヨーガ
at 2009年05月30日 22:02
