2009年08月17日
四梵住(慈悲喜捨)
日常的に自分の心を見つめていくと
自分がいかに自己中心的かが見えてくる。
すべての基準は自分の常識にあるから、
そのモノサシから外れた行為は、すべて否定的な
感情が生じる。
自分に集中すればするほど
心の動揺が見える。見えるけれど
今までと同じように
ねたみ、悲しむ、怒る。
慈しめない
悲しめない
喜べない
子供をみていると正直だから分かりやすい。
他人が自分のオモチャを使うと、貸さない
他人が得意なジャンプを見せると、自分も出来るとアピール
お母さんは独り占め。
私たちは、わがまま。
だから、ルールがある。
社会のルール、職場、学校のルール
家族のルール、それぞれのルールに
基づいて生活をしていく。
コロコロ動く心を三つに分けてみる。
慈しみ
悲しみ
喜び
自分の子供のように他人も慈しんでいるか?
家族の不幸のように、社会の出来事を悲しんでいるか?
旦那の出世を喜ぶように、他人の成功を喜んでいるか?
他人の行動にいつまでも腹を立てて、無関心(捨)でいるか?
常に心を観察してみよう。
慈しんでいなかったら、慈しみ
悲しんでいなかったら、悲しみ
喜んでいなかったら、喜ぶ
急に泣く子供が、急に笑うように
心は刹那刹那、変化している。
私たち大人も同じです。
自己中心的なモノサシから、
慈悲喜捨で
心をマネージメントしていきましょう。
自分がいかに自己中心的かが見えてくる。
すべての基準は自分の常識にあるから、
そのモノサシから外れた行為は、すべて否定的な
感情が生じる。
自分に集中すればするほど
心の動揺が見える。見えるけれど
今までと同じように
ねたみ、悲しむ、怒る。
慈しめない
悲しめない
喜べない
子供をみていると正直だから分かりやすい。
他人が自分のオモチャを使うと、貸さない
他人が得意なジャンプを見せると、自分も出来るとアピール
お母さんは独り占め。
私たちは、わがまま。
だから、ルールがある。
社会のルール、職場、学校のルール
家族のルール、それぞれのルールに
基づいて生活をしていく。
コロコロ動く心を三つに分けてみる。
慈しみ
悲しみ
喜び
自分の子供のように他人も慈しんでいるか?
家族の不幸のように、社会の出来事を悲しんでいるか?
旦那の出世を喜ぶように、他人の成功を喜んでいるか?
他人の行動にいつまでも腹を立てて、無関心(捨)でいるか?
常に心を観察してみよう。
慈しんでいなかったら、慈しみ
悲しんでいなかったら、悲しみ
喜んでいなかったら、喜ぶ
急に泣く子供が、急に笑うように
心は刹那刹那、変化している。
私たち大人も同じです。
自己中心的なモノサシから、
慈悲喜捨で
心をマネージメントしていきましょう。
古代のヨーガ行者は、修行者のための行動規範を明確に定めたのです。それは修行者を心の動揺からできるかぎり保護するもので、その方法は「心の浄化」と呼ばれます。(略)「慈悲喜捨の思念」は、嫉妬、軽蔑、ねたみ、怒りなどは快適な感情をすべて避けるよう要求しています。嫉妬心を抱く相手に対しては好意(慈)をもつように努め、軽蔑しがちな相手に対しては共感や同情(悲)を抱くように努め、ともすれば妬みを抱いてしまう相手に対しては喜ぶ気持ち(喜)をもつように努めそして最後に、非常に悪意があって人をいらいらさせる性質をもつためにまったく我慢ならないような相手に対しては、無関心(捨)でいるように努め、一緒にいるのを避けなければなりません。(ヨーガ・セラピーより引用)
Posted by katsukino at 17:35│Comments(0)