2009年09月22日

インド・輪廻する大地 ~仏教盛衰の2500年~



ブッダ 大いなる旅路 1
インド・輪廻する大地 ~仏教盛衰の2500年~

2500年前、インドの社会に現れたブッダ。
生きるとは、空しい、苦しみであると説く。
苦しみから逃れるには、苦しみの原因を
つきとめ、原因を明らかにしていくことで
安らぎを求めました。

世界はどこもとどまっていない
どの方角も揺れ動いている
私は安住の地を求めたが
すでに死や苦しみからとりつかれていない
とことはなかった

何日も断食し、苦行しながら
自分の身体を観察しました。

Vijayasutta/ 勝利の経
(自分の身体をあまりにも可愛がると修行が後退することになります。身体を気にすることは執着です。
執着を捨てるための実践を成功させるには「ありのままの身体を観察する」のです。お釈迦様の時代では修行者達がこの経典を日夜唱えて、「身体のことが気になって修行に励めない」というこころのわだかまりを解いたのです。解脱を体験しようとする戦いで勝利を得るための経典です。)

193.
歩く、立つ、座る、横たわる、伸ばす、縮む。身体の動きはこれだけです。
194.
(この身体は)骨と腱で組み立て、肉と皮膚で舗装されている。皮膚に隠れているのでありのままには観られない。
195.
身体は腸に充ち、胃に充ち、また、肝臓の塊・膀胱・心臓・肺臓・腎臓・脾臓があります。
196.
(この身体には)鼻汁・唾液・汗・脂肪・血・関節液・胆汁・膏がある。
197.
またその九つの孔からは、常に不浄物が流れ出る。目からは目やに、耳からは耳垢、
198.
鼻からは鼻汁が出る。口からは或るときは(食べたものを)吐く。また或るときは胆汁を、或るときは痰を吐く。全身からは汗と垢とを排泄する。
199.
またその頭蓋骨の空室は脳髄に充ちている。しかるに愚か者は無明に誘われて、身体を清らかなものだと思いなす。
200.
またからだが死んで横たわるとき、膨れて、青黒くなり、墓場に棄てられる。親族もこれを顧みない。
201.
犬や野狐や狼や虫類がこれを喰らい、烏や鷲やその他の生き物がこれを啄む。
202.
ブッダのことばを聞いて、智慧ある修行者は、この(身体の)ことを完全に了解する。あるがままにのみ観る。
203.
〈かの死んだ身も、この生きた身のごとくであった。この生きた身も、かの死んだ身のごとくになるであろう〉と、自分の身体に対する欲をも、他人の身体に対する欲をも離れるべきである。
204.
愛欲を離れた智慧ある修行者は、不死・平安・不滅なるニルヴァーナという最高の境地に達した。
205.
不浄で、悪臭を放つ、この身体を人間が守っている。種々の汚物が充満し、ここかしこから流れ出ている。
206.
このような身体をもちながら、自分を偉いものだと思い、また他人を軽蔑するならば、かれは〈観る能力が無い〉という以外の何だろう。

Vijayasutta/ ekqdasama/ niwwhita/. 11 番の勝利の経完了


肉体は死によって消滅するはかないものであると気づき
同様に世の中のすべてはうつろいゆくものであると
知りました

人間の苦しみはかわりゆくものに
とらわれることからおこる
こう悟った時、目覚めた人、ブッダとなりました。

悩みや苦しみをうったえる人々にたいして
苦しみの原因をつきとめ
それを明らかに指し示すことによって
解決の糸口をあたえていきます。

実に欲望はいろとりどりで甘美である
心を楽しませ、心を乱す
欲望の対象には憂いがあることを見て
サイの角のようにただ一人歩め


私たちの脳と心は、脳が働き、事象を見ている。
どのように見ているのか?
見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れるという五感に
向って、満足を得たいと見るのである。グルメを
追及すれば、きりがないし、気持ち良さを追求しても
終りがない。思い通りにならない、欲望は、達成できない
憂い、苦しみになる。

世界はどこもとどまっていない
どの方角も揺れ動いている


車も20年すれば壊れるし
カメラも洋服も、靴も、自分の身体も
壊れていく。環境の温暖化もそうだ。
どの方角もとどまっていないのだ。


バングラディシュの仏教徒。
病人が生きている間にお経をあげるのは
この村では珍しいことではないといいます
65歳になる老婆は肺の病気で長い間寝たきりでした。

ブッダは死の直前、クシナガラで言いました
「人はこの世に生まれたら必ず死ぬ」と
死の手から逃れられる場所はどこにもありません
今日はこの人のこれまでの善行を
皆で思い起こすために集まったのです

病人の枕もとで繰り返し語られたのは
人間は死をまぬがれることはありません
正しい行いをしなさいというブッダの最後の
言葉でした。

僧侶は生きているものに
向って語り続けます
あの世での幸福ではなく
この世で心の平安をえるという
ブッダの時代の仏教が原型を
とどめていました。



Posted by katsukino at 14:15│Comments(0)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。