2009年09月17日
テレビ:「イチロー 大記録への闘い」
総合 2009年 9月14日(月) 午後 10時45分~
BS1 2009年 9月20日(日) 午後 7時10分~
http://www.nhk.or.jp/spotai/onair/201/index.html
ヒットの数を目標→打席に立ちたい。
打率を目標→打席から逃げたくなる。
ヒットの数は打たなくても減らない。
打率は打たなければ減る。
イチロー選手は心が弱く受け身
になることを熟知している。
例えば今まで4割の
打率をキープしていて、次の打席で
今シーズンが終わるとして、打席には
立ちたくないという心が生じる。
199安打していて、次の打席で
今シーズンが終わるとして、打席には
立ちたいという心が生じる。
ヨーガ・スートラ
チッタ ブルッティ ニローダ1-2
心の働きを死滅することである。
10回の表の打席でのイチローのチッタは
今までチャンスで打てなかった自分。
ここで打たなかったときの自分。
ここで打ったときの自分。
自分だけじゃなく、日本、アメリカ、韓国
世界の、野球ファンの感情。その時の
チッタは、「あまりの恐怖」と表現されています。
「あまりの恐怖」
を克服した手段が
実況中継。
いまのありのままの姿を
客観的に観察する。
なぜ、あの時、イチローに回ってきたのか。
なぜ、韓国陣営のサインは敬遠だったのに投げたのか。
すべては、セットされていて、あとは、実況中継のままに
目の前に飛んできた球を真っすぐはじき返した。
ヨーガ・スートラ
坐り方は、安定した快適
なものでなければならない。(2-46)
安定した快適な坐り方をするには、緊張をゆるめ、
心を無辺なものに合一させなければならない。(2-47)
そのとき、行者はもはや対立する状況に
悩まされることはない。(2-48)
対立する状況に
悩まされることはない。
私たちも、洗濯物を干すとき。
食器を洗うとき。
ご飯を食べるとき。
恐怖を感じることなく
実況中継していきましょう!
そのとき、行者はもはや対立する状況に
悩まされることはない。(2-48)
BS1 2009年 9月20日(日) 午後 7時10分~
http://www.nhk.or.jp/spotai/onair/201/index.html
何か目標を上げるとすれば、
ヒットの数に目がいく。
ヒットの数を目標→打席に立ちたい。
打率を目標→打席から逃げたくなる。
ヒットの数は打たなくても減らない。
打率は打たなければ減る。
イチロー選手は心が弱く受け身
になることを熟知している。
例えば今まで4割の
打率をキープしていて、次の打席で
今シーズンが終わるとして、打席には
立ちたくないという心が生じる。
199安打していて、次の打席で
今シーズンが終わるとして、打席には
立ちたいという心が生じる。
あの経験(WBC)をしたことで何かが
生まれたこと確かです。
どんな状況でも怖くないのです。
決勝戦。勝負の行方のかかった
10回表の打席。
この状況は僕にとって
大きなものを失う可能性
大きなものを得る可能性
あまりの恐怖に自分で
「さーイチロー選手ここで打席に入りました。
あまりの恐怖からきた。こんな恐怖は過去に
味わったことがないしおそらく未来この先
僕の未来にもないかと」
この恐怖に打ち勝ったかどうかは
分からないけれども結果的にいいもの
をもたらした。何か自分の目の前に
起こっても怖いと感じない。
こんなに心強いものはない。
バッターとして。
一瞬でつかんだもの。あっつかんだな~と
思うことは結構あるんですよ。でも短い間で
消えて行ってしまうこともたくさんある。
一つ言えることは、常にバッティングというものは
動いている。ということですね。これをやっとけば大丈夫だ
ということが、動いていく。それがバッティング。だと
僕は思っているんですけど。だから答えがない。終りがない。
これをやっていけばいい、というものが、ないから。
ヨーガ・スートラ
チッタ ブルッティ ニローダ1-2
心の働きを死滅することである。
10回の表の打席でのイチローのチッタは
今までチャンスで打てなかった自分。
ここで打たなかったときの自分。
ここで打ったときの自分。
自分だけじゃなく、日本、アメリカ、韓国
世界の、野球ファンの感情。その時の
チッタは、「あまりの恐怖」と表現されています。
「あまりの恐怖」
を克服した手段が
実況中継。
いまのありのままの姿を
客観的に観察する。
なぜ、あの時、イチローに回ってきたのか。
なぜ、韓国陣営のサインは敬遠だったのに投げたのか。
すべては、セットされていて、あとは、実況中継のままに
目の前に飛んできた球を真っすぐはじき返した。
ヨーガ・スートラ
坐り方は、安定した快適
なものでなければならない。(2-46)
安定した快適な坐り方をするには、緊張をゆるめ、
心を無辺なものに合一させなければならない。(2-47)
そのとき、行者はもはや対立する状況に
悩まされることはない。(2-48)
何か自分の目の前に
起こっても怖いと感じない。
こんなに心強いものはない。
バッターとして。
対立する状況に
悩まされることはない。
私たちも、洗濯物を干すとき。
食器を洗うとき。
ご飯を食べるとき。
恐怖を感じることなく
実況中継していきましょう!
そのとき、行者はもはや対立する状況に
悩まされることはない。(2-48)
Posted by katsukino at 15:32│Comments(2)
この記事へのコメント
自分を “実況中継” する。 … これだ。
Posted by greenbee at 2009年09月17日 22:17
奇跡の脳という本より引用です。
わたしは、反応能力を、「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが、このプログラムの一つが誘発されて、化学物質が体内に満ちわたり、そして血流からその物質の痕跡が消えるまで、すべてが九〇秒以内に終わります。
たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から九〇秒以内に、怒りの科学的な成分は血液中からなくなり、自発的な反応は終わります。もし九〇秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択をしたからです。瞬間、瞬間に、神経回路につなげるか、それとも、現在の瞬間に戻って、つかの間の生理機能としてその反応を消散させるかのどちらかの選択をしているんです。(P178 奇跡の脳より参照)
実況中継していれば
プログラムは終了できますね。
わたしは、反応能力を、「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが、このプログラムの一つが誘発されて、化学物質が体内に満ちわたり、そして血流からその物質の痕跡が消えるまで、すべてが九〇秒以内に終わります。
たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から九〇秒以内に、怒りの科学的な成分は血液中からなくなり、自発的な反応は終わります。もし九〇秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択をしたからです。瞬間、瞬間に、神経回路につなげるか、それとも、現在の瞬間に戻って、つかの間の生理機能としてその反応を消散させるかのどちらかの選択をしているんです。(P178 奇跡の脳より参照)
実況中継していれば
プログラムは終了できますね。
Posted by 木下克俊 at 2009年09月18日 22:43