2010年01月05日

サヤレー比丘尼瞑想会

サヤレー比丘尼瞑想会

東京で行われたミャンマーの
サヤレー師の一日瞑想会に
参加してきました。

私たち人間は生まれたときから
知恵をもっている。

貪り、怒り、愚かさという三毒に
心をうばわれて知恵がおおわれている

蓮は泥の中より突き出し
花を咲かせる。花は光を
受けている間、花びらをひらかせ
夜は花を閉じる。知恵をもっている。

慈しむ、悲しむ心を育て
貪り、怒り、愚かさという
毒からのがれる。

新しい年が毎年毎年
くるわけですが、いつか
来なくなるときがあります。
私たちが死を迎えるとき。

その時の準備をしていますか。
何をもっていきますか。
明日かもしれない死について
備え、慈悲の心を育てながら
実践していきましょう。

というような
ダンマトーク
でした。

私たちはどうやって
生きているのでしょう?

慈悲の心を育てているしょうか?
欲の心を育てているでしょうか?

例えば
お正月に子供、孫、親戚に
新しいお嫁さん、お婿さん
がきました。

その新しい人の何を見ますか?
この人のこんな行動は○○家には
ありえない、信じられない非常識だ。

と粗探しを
していないでしょうか?

いまから、家族の一員となる
仲間について、一方的に○○家の
常識、自分の都合にて決め付けて
いないでしょうか。

それらの行為は
自分で自分の心を毒で
育てていることになるのです。

思えば思うほど
話せば話すほど

毒は育ち
最後には
あの人には
会いたくない。
となります。

その結果は
あの人を連れてきた
兄弟、いとこ、親戚とも
会いたくない、
またはその兄弟、いとこ、
親戚と一緒にその人の
悪口をいいます。

誰が不幸でしょうか?
私たち自身が不幸になるのです。

誰が不幸をつくりだしたのでしょうか。
私たちが望んで毒を飲んだのです。

慈しむ、悲しむ
を育てようという心で
相手に接すれば
たくさんの喜びを
発見できます。

誰が喜ぶのでしょうか。
その人の行為を通じて
私たち自身が喜びを
得ることが出来るのです。

毒を飲むのか。
喜びを分かち合う

のか、すべては今の
私たちの心にあるのです。

悪い行為は生じないよう
善い行為は生じるよう

毎日ご飯を食べるよう
毎日心を育てていきましょう。


タグ :仏教


Posted by katsukino at 13:39│Comments(2)
この記事へのコメント
あけましておめでとうございます。

サヤレーの瞑想会のご感想読ませていただいて、また目が覚めました。ありがとうございます。

「毒を飲むのか。
喜びを分かち合うのか・・・」

ふとした瞬間に、自分に問いかけられたらと思います。
Posted by ebi at 2010年01月06日 09:59
あけましておめでとうございます。
数時間の短い瞑想会でしたが
勉強になりました。

何か、インパクトのある教えではない
普遍的な教えに触れることが出来たように
感じました。

今、この瞬間も

毒を飲むのか
喜びを飲むのか

私たち自身が選んでいるんですよね。
もうすぐ、インドへの旅立ですね。

インドの喜びを思いっきり
吸い込んで、吐き出してきてくださいね。
旅の安全をお祈り申し上げます。

生きとし生けるものが
幸せでありますように。
Posted by おきなわヨーガおきなわヨーガ at 2010年01月06日 12:18
 
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