2010年01月15日
ウンこ:括約筋
早朝もしくは、夕方
動きがぎこちなくなる息子。
そうなると、お気に入りのオモチャを
かかえ、ドアを開け、玄関前に消えていく。
5,6分後、鼻歌が聞こえてきて
至福のとき
になる。
15分ほど、
時を味わい
戻ってくる。
「ウンこ」した。。
これを一度、実家の
応接間でして、家の者に
ひんしゅくをかった。
トイレ教育が息子の通っている
保育園の方針が
子どもの自身の自覚に
任せていたので、これが
どこでも、どの子どもでも
当たり前だと思っていたのだか
実際は違うようだ。
括約筋はヨーガでも鍵の一つ。
この部分の感覚を養っていく初めの
行為が「ウンこ」だろう。
前回、実家に戻ったとき。
夜、布団に入り、眠り、数時間後
いきなり、ギャーギャーと
泣き声をあげた。
一度は母がなだめ、再び
ギャーギャーと
泣き声をあげ、父が怒る!
息子は、母の胸の上に抱っこの
状態でそのまま、眠りに入る。
母は眠ったのを確認して、布団に
おいた。
そして、すぐに、オモラシをした。
オモラシに気付いた母は、ズボン
パンツを替えた。起きた息子は
お母さんの服も濡れた?
と聞き、濡れていないことを
知ると、
「ハァア。もう!」
と怒った。
どうやら、母の胸の上でオシッコを
すれば、布団が濡れないで済むと
考えていたようだ。
「不快」「快」
と直結する排泄は
なかなか、すぐには
解決しないようです。。
今日は、快晴
我が家のベランダには
いつものように、布団が
干されています。
動きがぎこちなくなる息子。
そうなると、お気に入りのオモチャを
かかえ、ドアを開け、玄関前に消えていく。
5,6分後、鼻歌が聞こえてきて
至福のとき
になる。
15分ほど、
時を味わい
戻ってくる。
「ウンこ」した。。
これを一度、実家の
応接間でして、家の者に
ひんしゅくをかった。
トイレ教育が息子の通っている
保育園の方針が
子どもの自身の自覚に
任せていたので、これが
どこでも、どの子どもでも
当たり前だと思っていたのだか
実際は違うようだ。
括約筋はヨーガでも鍵の一つ。
この部分の感覚を養っていく初めの
行為が「ウンこ」だろう。
前回、実家に戻ったとき。
夜、布団に入り、眠り、数時間後
いきなり、ギャーギャーと
泣き声をあげた。
一度は母がなだめ、再び
ギャーギャーと
泣き声をあげ、父が怒る!
息子は、母の胸の上に抱っこの
状態でそのまま、眠りに入る。
母は眠ったのを確認して、布団に
おいた。
そして、すぐに、オモラシをした。
オモラシに気付いた母は、ズボン
パンツを替えた。起きた息子は
お母さんの服も濡れた?
と聞き、濡れていないことを
知ると、
「ハァア。もう!」
と怒った。
どうやら、母の胸の上でオシッコを
すれば、布団が濡れないで済むと
考えていたようだ。
「不快」「快」
と直結する排泄は
なかなか、すぐには
解決しないようです。。
今日は、快晴
我が家のベランダには
いつものように、布団が
干されています。
ふつう内蔵は物が詰まってきて、それがあるところまでくると、グッと収縮する。たまればたまるほど、この内圧に対する逆圧が増してくるわけです。それでだんだん充満して、だんだん逆圧が強くなる。このプロセスが、いわゆる「不快」といわれる状態です。これに輪をかけるのが括約筋ですね。この括約筋が収縮しているものですから、出ていかない。こうして、その極限にきたときに、括約筋がホッとゆるむ。この緊張がとれていくプロセスが「快」の状態です。ですから、まず不快となり、ついで快となるわけです。
「膀胱は直腸と共に、中身が詰まると収縮する。この感覚は、尿意・便意となって意識に上るが、おしめのとれた幼児たちは、それを自分で覚えるまでに失敗を積み重ねていく。この中身の刺激による内蔵筋の収縮は、内臓感覚の一方の柱をつくるが、これを素直に受けとめる感受性は、この時に養われる。」
(略)
ちょうどあのオシメが取れた頃のことです。子どもが一人で遊んでいる。その遊んでいる時、たとえば積木をしたり、絵本を見たりしているその一連の動作の中で、なにか異質な動きが、ふっと入る。腰のあたりが。。これを初めて見た時ありゃいったいなんだ。
ところが、しばらくしたら隣の部屋から、母親の声が聞こえてくる。「オシッコでしょう?」という、まだのんびりした声です。子どもはしかし見向きもしない。私はその時、あれがサインだと初めて知った。(略)そうこうしているうちに、こう、見ていますと、動きがかなり激しくなってくる。やがて、私のところにとんできて、なにかしながら、しきりに左右に振るでしょう。そうなると、こっちもやはり「ソラ、オシッコだョ」とやるわけです。そうしたら、はじめて「ウウン」と、これははっきり否定する。(略)子どもにとってみれば、これはまったく関係ない。要するに、トイレという感覚が浮かばないんですから。(略)それで最後のとどめは、もうギリギリの瞬間、あの天の啓示のように「オシッコ!!」それはもう心の底から叫んで一目散に駆って行った、その早かったこと!ともかく皆さん、人間の内臓感覚とはいかなるものか、全部ここに尽くされている、と私は思います。
Posted by katsukino at 17:08│Comments(0)