2010年01月21日

[怒][努]:四歳前

[怒]

[努]

漢字の下の部分が
「心」になるのか
「力」になるのか

で怒る、努めるのか
選択を迫られている。

心のままに、選択すると
怒りになる。

力でもって、努力して選択すると
努めになる。

四歳前の息子の会話。

 お父さん、一緒に遊ぼ!
とブロックで作った大きなカーキャリアを動かす。
 お父さんの車は?
と聞くと
 これね!
と小さな小さなチョロキュー
 こっちはね。全部、イジワルだぜ。
と今にも襲いかかってきそうな様子。
 こっちのチョロキューは仲良しだよ。
と言うと、面白くないようす。

 お魚のテレビ見たい!
と言われ、テレビをつけ、息子が気にいった
シーンになろうとすると
 お父さん、見ちゃダメ!

大好きなお好み焼きをお母さんが三枚
焼き始めると、一番、大きいのを指さして
 これが自分のね!
食べ始めると、
 おかわりするんだー。
と言いながら、食べきれず
 もういらなーい
と言う。

心が正常に育っているといえば
そうなんでしょうが。。正直です。
私たち大人も本当はそう
思っているのですから。

力をもって心が「コロコロ」動くところを
努力していくのが、正しい道でしょう。



私は小さい時、だいたい言葉が判るようになってから母親に慈悲を教えてもらいましたが、けっこう苦労しましたよ。子供の頃はワガママ一本だから、「嫌なことは嫌、気持ち悪いことは気持ち悪い」と、はっきりしている。でも私が人の顔や服装を見て思ったことを喋ると、母がすごく怒るんですね。「あんた、何をトンデモないこと言うのですか、みんな同じではないですか、親切にしなければいけないよ」と。そう諭されたことで、「あいつは気持ち悪い」と思ったとしても、「そんなことを言ってはいけない」と自分に言い聞かせるようになりました。

遊んでいる時だって、動物や鳥や蟻たちが一生懸命に逃げると、子供だから悔しくて「この野郎、捕まえてやるぞ」という気持ちになるのです。しかしそこは我慢する。「捕まえてやりたいけど、そういうことはやっちゃいけない」と踏ん張って苦労しました。それでも小さい頃はまだ心を直しやすいのですね。(慈経より引用)



看護用語に怒責と努責があるようです。
サイトによって答えが違うので何とも言えませんが

怒責とはいきんで、声門を閉じて肺から呼気を呼出しようとする動作であり、この動作により胸腔・腹腔内圧が著しく上昇する。胸腔内圧の著しい上昇は初期の変化として動脈圧の一時的な増加を起こし最高血圧も最低血圧も著しく増加する。

努責とは、いきんで肛門を自ら開くこと。あるいは出産時のいきみ。胎児を排出するときのいきみ。口を開いていきむのが怒責と異なる。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1226142867


さて、[怒]と[努]。
どちらを選びますか?


タグ :仏教子育て


Posted by katsukino at 15:24│Comments(0)
 
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