2010年02月24日

幼少期:環境づくり

情報を知覚する手段として

 眼、耳、鼻、舌、触

の五つあり、もうひとつ
 心
がある。

人間である場合
これらの器官を通じて
生きているとしる。

幼少期はこれらの
器官の健全な成長が
必要だろう。

海や空を眺め、潮風をうけ
花の香りをかぐ。

心はどうだろう?
健全な成長とは?

好物のタマゴ焼きが
出てくると

全部食べると
主張する。

お父さんとお母さんで
分けるんだよ。と伝えると
心がみるみる、怒り、悲しみになる。

お姉さんや弟が
いれば、半分に分ける
ことができるというが
物質的にタマゴ焼きを
分けざるおえないだろうが
心はどうだろう。

車にのっていて
通り過ぎる車を指差し、
トラック、バス
タンクローリー、スポーツカー
と好みの乗り物はすべて自分のと
主張する。

お父さんはといえば
軽自動車、自転車、バイク

欲するものを
すべて自分という
カテゴリーに入れるのは
健全な状態だろう。

自分というカテゴリーを
どの枠できめるのか?

家族というのが自分だと決めれば
お母さん、お父さんにもタマゴ焼きを
平等に分けるだろう。

保育園の仲間が自分だと決めれば
順番にブランコにのり小さい子の
面倒を見るだろう。

地球が自分だと決めれば
大好きななバッタを捕まえても
最後は逃がしてあげるだろう。

自分の肉体を自分と決め付け
その利害関係において心の枠を
決めた時、助け合い、博愛の
精神は生まれないだろう。

一人では
何もできない人類

健全に
 眼、耳、鼻、舌、触
 心
を育てそれら器官が
安心して機能する
環境づくり
が大切ですね。

知覚



植物のからだは、動物の腸管を引き抜いて裏返しにしたものだ。根毛は露出した腸内の繊毛となって、大気と大地にからだを開放して、完全に交流しあう。両者のあいだには生物学的な境界線はない。このことは、動物のからだが、肝臓および腎臓という入・出の厳しい関所によって外界から完全に遮断されているのと対照的である。植物のからだが、太陽を心臓として、天地をめぐる巨大な循環路の抹消毛細管に譬えられるのは、これに由来する。植物とは、だから自然の一部というより、自然の「生物学的な部分」といいかえることができる。だからまた、その地方の大気と土壌の性格が植生と表裏一体の関係となるのも当然であろう。植物と宇宙との交流は、以上のように、はるかに”生ま”で、直接的である。クラーゲスは、植物のからだには「宇宙の遠が居合わせている」という。

これに対して動物のからだは、その発生が物語るように、最初から宇宙の一部を切り取っておのれの体内に封じ込め、さらに体表に深い入り江をつくって、それを体内に誘導する。前者が「体腔」に、後者が「腸腔」に当たり、そこからそれぞれ性と食にたずさわる内蔵系がつくられる。このなりたちは、動物の食と性がまさに”内蔵された”宇宙との交流によっておこなわれることを物語るものであろう。
(略)
小宇宙とは、このように丸め込まれた宇宙で、動物のからだには、これを大宇宙から仕切る、からだの壁、すなわち「体壁系」とよばれる器官ができてくる。これは、自力栄養のできない動物たちが獲物をキャッチするために特別にあつらえた感覚-運動の四輪駆動車で、身の周りの、いいかえれば「近」のいちいちに反応するという特徴をもつことは、すでに述べたとおりである。例の「目先のものに執われる」という動物の業はすべてここから出たもので、したがってこれは宇宙との交流を妨げる一つの元凶ともなりうる。体壁系を象徴する人間の大脳皮質が、自然に対する人間の”自閉症”をもたらしたのも、結局はこの現れであろう。内蔵系が「遠」と共振する「植物器官」であるのに対し、体壁系が「近」を感覚する「動物器官」とよばれるゆえんである。この動物の体壁をアリストテレスはorganonオルガノンとよぶ。それは本来「器」を意味するものであるが、やがて「道具」の意味にもつかわれるようになる。この字義の返還のなかに、わたしたちは人間の体壁系(ゲーテのいう「オルガーネ」)のもつ本質を思い知らされるのではないだろうか。

こうして動物の食と性の波は”植物的”な内蔵系が、この体壁の殻を貫いて、直接宇宙と交流することによって生み出されることが明らかとなった。そこでは、宇宙リズムに乗って、内蔵系の中心が食の器官系と性の器官系のあいだを果てしなく往復するのである。わたしどもはこれを「内蔵波動」とよび、動物のいのちの波をからだの奥底から支える”はらわた”の根源の機能として眺めている。動物のもつ宇宙生命を最も端的に表現したものであろう。



タグ :子育て


Posted by katsukino at 09:18│Comments(0)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。