2010年08月05日

不安なままでは自信は得られない

今日さー保育園あるー?
あるよ。
いきたくなーい。

保育園いきたくない期間は
定期的に訪れます。この間
親は何をすればいいのでしょうか。

誰かとケンカ?
先生が忙しくてほったらかされてる?
疲れている?
何があったの保育園で?
と妄想をしていても
解決にはなりません。

基本的に保育園での行動は
息子自身が解決していく問題です。

立ち止まり
正面から対話する
努力。

対話するのは息子?
その前に自分の心との対話。

怒るのは簡単です。
言葉で説き伏せるのは簡単です。
しかし、それでは親自身の問題が
解決しないのです。

問題は常に自分の心にあるということに
気づくことで世界を見る見方は変わる。

今、この瞬間において
心が不安な色か。自信の色か。
心という色は、常に変わっている。
立ち止まり、正面から
観察する。

そして、
行動。

濁った色では目の前が
よく見えない。見えない状態で
怒っても、食べても、笑っても
泣いても、結局見えないまま。
濁りが増えるだけ。

暑いですか。
腹がすいていますか。
夏ばてしていますか。
仕事が不安ですか。
健康が不安ですか。
評価が不安ですか。
両親が不安ですか。
自分が不安ですか。

何が不安なのか。
立ち止まらないと
見えない。

ある人が蜜を煮ている
ところへ親しい友が
来たので、蜜をごちそう
しようと思い、

火にかけたまま
扇であおぎ
冷やそうとした。

これと同じく、
煩悩の火を消さないで、
清涼のさとりの蜜を
得ようとしても、

ついに得られる
はずはない。

(雑宝蔵経)仏教聖典より


タグ :仏教


Posted by katsukino at 11:24│Comments(0)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。