2011年01月07日
海老:殻を捨てる
年末年始から息子から妻へ
妻から私へ。再び息子へと
風邪を持ち回りしていましたが
年末年始に里帰りをし
沖縄にもどったとたん
風邪が芽を出しました。
2011年は発熱からでした。
一日安静にしようやく沖縄での
始まりです。
あけまして
おめでとう。
と新年の挨拶をします。
新しい年があけたのです。
年が新しくなっているように
私たちも新しくなっているでしょうか?
新しくなるか
古い自分にしがみつくか?
過去の自分、欲望にしがみつけば
重くなり、動きがとれない。
新しくなるとは殻を脱ぎ捨てる!
自分の固定概念をすて進化していく!
年末年始の風邪のお陰さまで
昨年の汚れ、執着を焼き尽くし
新しい家族として2011年をスタートしました。
留守にしていた庭では
ピーマンの花が咲き
ツルナシエンドウが枯れ
サラダ菜が立派に生長していました。
移り変わる風に
ここに花が咲き
ここに枯れ
ここに芽が出る。

私たちも
ここに立つ。
ここに留まる。
新しい自分がここにいる。
妻から私へ。再び息子へと
風邪を持ち回りしていましたが
年末年始に里帰りをし
沖縄にもどったとたん
風邪が芽を出しました。
2011年は発熱からでした。
一日安静にしようやく沖縄での
始まりです。
あけまして
おめでとう。
と新年の挨拶をします。
新しい年があけたのです。
年が新しくなっているように
私たちも新しくなっているでしょうか?
新しくなるか
古い自分にしがみつくか?
過去の自分、欲望にしがみつけば
重くなり、動きがとれない。
新しくなるとは殻を脱ぎ捨てる!
自分の固定概念をすて進化していく!
年末年始の風邪のお陰さまで
昨年の汚れ、執着を焼き尽くし
新しい家族として2011年をスタートしました。
留守にしていた庭では
ピーマンの花が咲き
ツルナシエンドウが枯れ
サラダ菜が立派に生長していました。
移り変わる風に
ここに花が咲き
ここに枯れ
ここに芽が出る。
私たちも
ここに立つ。
ここに留まる。
新しい自分がここにいる。
よくえびをめでたいことに使います。(略)えびは殻を脱ぐわけですが、万物みな固まる秋になっても、えびだけは固まらないで殻を脱ぐというのです。えびが殻を脱がなくなったらその時は死ぬのである。だから生ける限り殻を脱いで、常に新鮮である。それならなるほどめでたいということがわかる。
要するに六十にして六十化するということは、えびの如く常に生命的であり、新鮮であり、進化してやまぬということであります。だから「七十にして七十化す」となれば、なおめでたい。「百にして百化する」ことができれば、こんなめでたいことはないのであります。
Posted by katsukino at 11:22│Comments(0)