2011年05月10日
無智・無明:財布がない。


月曜日夜、財布を持って
出かけた。
火曜日昼、妻が財布を
持っていたので自分の財布が
近くに見あたらなかったが探さず
カフェに出かけた。
コーヒー飲んで
ケーキ食べて、
雨のカフェを
楽しんだ。
水曜日夕方
財布がないことに
気づく。
ないないないない

どこにもない。
二階に上がって
カバンを開けて
下におりて本棚をみて
また、二階に上がって
同じカバンを開けて。
と三回ほど繰り返す。
財布がない。
記憶をさかのぼれば
月曜の夜に財布はあった。
火曜日から、ない。
どうするか。どうするか。
ないものはない。
ないものはない。
がどうするか?
外は暗い。
水曜日夜。
寝るしかない。
木曜日朝

外は明るい。
外に止めてある
車のドアを開けると
運転席とドアの間の
隙間に、財布。
そこにある財布。
月曜の夜からある財布。
火曜日も水曜日もそこに
あった。
火曜日は雨のカフェで
コーヒーとケーキを
楽しんだ。その時も財布は
そこにあった。
水曜日の夜は
ないないないない。
と右往左往。
その時も財布はあった。
ずっとあった財布に対して
私は不安になった。
私が不安を作った。
不安の原因は何?
財布はそこにあった訳だから
原因ではない。
原因は財布がない
と知ってしまった事。
もし、一年の間、財布がないと
知らなければ、不安は生じない。
火曜日は楽しく過ごしたのだ。
水曜日の夜は不安。
原因は財布がないことではなく
財布がないと知ることで
不安が生まれる私。
ヨーガでは
ダルマという法、秩序、道徳
正義、徳、真理をなにも
しらないことを「無智」という。
古典文献の
ヨーガスートラでは
無知とは
他の煩悩(クレーシャ)の土壌であり、
① 潜在的な状態
② 弱い状態
③ 断続的な状態
④ 常に活発な状態
(の4レベル)である。
という。
月曜日は
①の潜在的状態。
火曜日は
②の弱い状態。
水曜日は
④にひきあがる。
木曜日は
①に下がる。
さて、疲れた。
これは疲れる。
苦しい。
疲れないためには
どうする?
現実の人生
ひとりの男が罪を犯して逃げた。追手が迫ってきたので、彼は絶体絶命になって、ふと足もとを見ると、古井戸があり、藤蔓【ふじつる】が下がっている。彼はその藤蔓をつたって、井戸の中へ降りようとすると、下で毒蛇【どくじゃ】が口を開けて待っているのが見える。しかたなくその藤蔓を命の綱にして、宙【ちゅう】にぶら下がっている。やがて、手が抜けそうに痛んでくる。そのうえ、白黒二匹の鼠【ねずみ】が現われて、その藤蔓をかじり始める。
藤蔓がかみ切られたとき、下へ落ちて餌食【えじき】にならなければならない。そのとき、ふと頭をあげて上を見ると、蜂【はち】の巣から蜂蜜【はちみつ】の甘いしずくが一滴二滴と口の中へしたたり落ちてくる。すると、男は自分の危【あや】うい立場を忘れて、うっとりとなるのである。
この比喩【たとえ】で、「ひとり」とは、ひとり生まれひとり死ぬ孤独の姿であり、「追手」や「毒蛇」は、この欲のもとになるおのれの身体のことであり、「古井戸の藤蔓」とは、人の命のことであり、「白黒二匹の鼠」とは、歳月を示し、「蜂蜜のしずく」とは、眼前の欲の楽しさのことである。
Posted by katsukino at 08:53│Comments(0)