2006年08月21日

生きる

私たちの身体は
心臓よ!動けー!
胃よ動け。
脳よ働いてくれ〜

といわなくても無意識で動いてくれる。
生きている。

では私たちの心はどうだろうか?
もちろん、うれしかったり、かなしかったり、面白くなかったりと
周りの環境に左右されながら心も生きている。

周りの影響を受けて生きる心は
心臓や胃や脳のように本来の役目をそれで果たしているとは思えない。

心にしっかりと生きる目的をもツベキだと思う。
生まれてきた心臓や胃、身体には寿命がある。死んでいくのだ。
この肉体という車に私たちの心はのっている。

時間はあるようでなく、ないようである?
太陽が昇り沈み季節が巡り
毎日が継続しているように
心もしっかりと意識を持ちながら継続していきたいな〜
とヨガを行いながら思いました。

仏教聖典のお話です。

ひとりの男が罪を犯して逃げた。追手が迫ってきたので、彼は絶体絶命になって、ふと足もとを見ると、古井戸があり、藤蔓[ふじつる]が下がっている。彼はその藤蔓をつたって、井戸の中へ降りようとすると、下で毒蛇[どくじゃ]が口を開けて待っているのが見える。しかたなくその藤蔓を命の綱にして、宙[ちゅう]にぶら下がっている。やがて、手が抜けそうに痛んでくる。そのうえ、白黒2匹の鼠[ねずみ]が現われて、その藤蔓をかじり始める。

 藤蔓がかみ切られたとき、下へ落ちて餌食[えじき]にならなければならない。そのとき、ふと頭をあげて上を見ると、蜂[はち]の巣から蜂蜜[みつ]の甘いしずくが一滴二滴と口の中へしたたり落ちてくる。すると、男は自分の危い立場を忘れて、うっとりとなるのである。

 この比喩[たとえ]で、「ひとり」とは、ひとり生まれひとり死ぬ弧独の姿であり、「追手」や「毒蛇」は、この欲のもとになるおのれの身体のことであり、「古井戸の藤蔓」とは、人の命のことであり、「白黒2匹の鼠」とは、歳月を示し、「蜂蜜のしずく」とは、眼前の欲の楽しさのことである。

風が気持ちよい朝です。



Posted by katsukino at 09:41│Comments(2)
この記事へのコメント
そうですね。心の持ち方が一番大変ですね。
心、ころころって変りますものね。

最近、自分を戒めるということを学び、自分に言い聞かせています。
Posted by tennen at 2006年08月21日 16:51
こんにちは。tennenさん
心が大事ですよね〜

私も大人になればなるほど
自分を戒めていかなければと思います。

tennenさん。お互いに精進しましょうね〜
Posted by 木下順誠 at 2006年08月21日 18:29
 
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