2010年03月10日

四歳すぎ:自己愛



ヒトは生まれるとすぐに、一見無意味な種々の行動をとり始める。手足を不規則に伸ばしたり縮めたり、手足を口にもっていって舐めたり吸ったり、頭を動かしてひっきりなしにあたりを見回したりといったように、新生児や乳児は絶えず一見脈略もない運動をしている。成人の場合、頭がかゆいから手を頭にもって行く、承諾の意思を伝えるために頭を上下に振る、達成感を表現するためにガッツポーズを取るといったように、ほとんどの行動が何らかの意味をもっているが、それと比べれば、新生児や乳児の行動は無意味で不合理に見える。しかし、実はそうした行動にも非常に重要な意味があるのである。というもの、そうした行動は、脳に自分の身体の特性や性能、感じ方、動き方、そして自分という存在そのものを刷り込み、最も大切な中枢に据える重要な過程だからである。その時期に自らの存在(感覚、特性、性能)を自分に刷り込むことで、それ以降の認識の主体としての「自分」が中心に据えられることになる。同時に、そのことによって、自分の存在の範囲、つまり、自分の感覚と意思の及ぶ範囲とその外側にある他社との区分(例えば、自分の右手は動かそうと思ったら動くが、その先にあるおもちゃは手で触れない限り動かないといった違い)が次第に明確になってくる。言い換えれば、「自他の区別」が認識されるようになるのである。それ以後、どんなに新しい環境が周囲に発生したとしても、その自分の感覚を物差しにして理解していくことが可能となるのである。

それとともに、手足を自由に思いきり動かして自分の存在を十分自分の内側に刷り込み、自分をしっかり中心に据えることで、自分自身が一番大事であるという自己愛の感情も育まれる。十分に形成された自己愛は、子どものその後の発達に大きく寄与し、自発性や自立性の重要な基礎となるのである。逆に、この時期に自由な体の動きを奪うような育て方をすることにより、おとなしくて従順であるけれども自立性や積極性のないパーソナリティが形成されてしまうことも指摘されている。(P60こころとからだより引用)


みる、きく、かぐ、あじわう、さわる
健全に五感を育てていく。

みるとは、テレビを見るのではなく
朝日をみる。風にゆれる葉っぱをみる。

きくとは、CDで歌をきくのではなく、
鳥の声をきき、車の音、自転車の音、
ムイの怒っている声、散歩に行きたい声、
お腹がすいている声をきく。

かぐとは、アロマを部屋にたくのではなく
カモミールの花のにおい
トマト、サンニンの葉っぱのにおい
レモングラスのにおいをかぐ

あじわうとはポテトチップをあじわうのではなく
じゃがいも、さつまいもの焼き芋
島とうがらしのカラさ。サトウキビの甘さを味わう

ふれるとはおもちゃにふれるのではなく
バッタのお腹を指でつまみ
セミの堅いお腹をもつ

自然の中で生かされている私たち人間だから
自然の五感を健全に育んでいく。

心はどうだろう?
人よりもたくさん欲しい
人よりも大きい車が欲しい
人よりもほめられたい
人よりも早く食べたい
人よりも高いところにいたい

内側をしることで
心が誰よりもわがままで自分が一番!
を求めているという自分の心の境界を
しることだろう。

反対に外側を対象にしたとき
自分という境界の条件付けにおいて

お母さんが怒るから。
お兄ちゃん、お姉ちゃんがそうやっているから。
先生に褒めてほしいから
昔からこうだったから

とすると自分を見失って
しまいます。そして自分探しを
してしまうのです。

健全な自己愛を育て
心とはわがままなモノとしったとき
初めて、心を育てるという人間に
成長していけるのです。

保育園に行く車の中で
大きなトラック、バス、自家用車は
全部、自分のモノ!!
と言っていた息子が

今朝は大きなトラックが通り過ぎると
自分とお父さんとお母さんと隣のお姉ちゃんと
隣のお姉ちゃんのお母さんのモノ

と言っていました。

自分、家族、友達、社会
という健全な境界を
育てていきたいですね。



私は小さい時、だいたい言葉が判るようになってから母親に慈悲を教えてもらいましたが、けっこう苦労しましたよ。子供の頃はワガママ一本だから、「嫌なことは嫌、気持ち悪いことは気持ち悪い」と、はっきりしている。でも私が人の顔や服装を見て思ったことを喋ると、母がすごく怒るんですね。「あんた、何をトンデモないこと言うのですか、みんな同じではないですか、親切にしなければいけないよ」と。そう諭されたことで、「あいつは気持ち悪い」と思ったとしても、「そんなことを言ってはいけない」と自分に言い聞かせるようになりました。

遊んでいる時だって、動物や鳥や蟻たちが一生懸命に逃げると、子供だから悔しくて「この野郎、捕まえてやるぞ」という気持ちになるのです。しかしそこは我慢する。「捕まえてやりたいけど、そういうことはやっちゃいけない」と踏ん張って苦労しました。それでも小さい頃はまだ心を直しやすいのですね。(慈経より引用)


タグ :子育て


Posted by katsukino at 13:00│Comments(0)
 
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